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第23王朝(B.C.818〜715) レオントポリス/リビア

第22王朝のタケロト2世治世下、レオントポリスに行政長官として赴任していたペティバステトが独立を宣言して開いた王朝。レオントポリスはデルタ地方のほぼ中央に位置し、物流の拠点として経済が発展した商業都市。


@ペティバステト


誕生名:ペディバステト(メリアメン)



即位名:ウセルマアトラー・セテプエンアメン


在位B.C.818〜793。誕生名の意味は「バステトの賢人、アメンに愛されしもの」、即位名の意味は「ラーの正義は強い、アメンに選ばれしもの」。第22王朝のタケロト2世の息子。兄のシェションク3世が長兄オソルコン王子から王位を奪って即位した経緯を見て、自分も実力行使による王位簒奪(独立国家樹立)を図った。支配はこの地域に限られたものであったが、この後独立王朝として約100年間存続することとなる。





Aシェションク4世


誕生名:シェションク



即位名:ウセルマアトラー・メリアメン


在位B.C.793〜787。即位名の意味は「ラーの正義は強い、アメンに愛されしもの」。ペディバステト王の息子。父が長生きだったため即位時には既に壮齢であった。約6年という短い治世で亡くなる。





Bオソルコン3世


誕生名:オソルコン



即位名:ウセルマアトラー・セテプエンアメン


在位B.C.787〜759。即位名の意味は「ラーの正義は強い、アメンに選ばれしもの」。シェションク4世の息子。第22王朝のシェションク3世の勢力が強く、当初はレオントポリス独立維持に専念していたが、シェションク3世の没後領土拡張に乗り出す。息子のタケロトをヘラクレオポリスの大司祭とし、晩年には自分の元に呼び戻して共同統治者とした。





Cタケロト3世


誕生名:タケロト



即位名:ウセルマアトラー


在位B.C.764〜757。即位名の意味は「ラーの正義は強い」。オソルコン3世の息子。父の死後ようやく単独統治を始めたがその後わずか2年程で亡くなってしまう。





Dルドアメン


誕生名:ルドアメン



即位名:ウセルマアトラー・セテプエンアメン


在位B.C.757〜754。即位名の意味は「ラーの正義は強い、アメンに選ばれしもの」。タケロト3世の弟。自分の娘をヘラクレオポリスの長官だったペフチャウアバステトに嫁がせて王権の強化を図ったが、逆に王の娘との結婚によりペフチャウアバステトはヘラクレオポリスの王を名乗り独立してしまった。また、ルドアメン王の弟ニムロト(ヘルモポリスの長官だった)も、ヘルモポリスの王を宣言して国家を樹立。混乱の中ルドアメン王はわずか在位3年で病死する。





Eイウプト


誕生名:イウプト(メリアメン・シバステト)


即位名:ウセルマアトラー

在位B.C.754〜715。誕生名の意味は「イウプト、アメンに愛されしもの、バステトの息子」、即位名の意味は「ラーの正義は強い」。ルドアメン王の息子。南の上エジプトを掌握したヌビアを撃退するためにヘルモポリス(ニムロト)、ヘラクレオポリス(ペフチャウアバステト)、タニス(第22王朝:オソルコン4世)との軍事同盟に参画する。この軍事同盟はサイスのテフナクト王(第24王朝)の発案であったが、ヌビアの精鋭部隊にはかなわずあっさり敗退した。








ヘラクレオポリス


@ペフチャウアバステト


誕生名:ペフチャウアバステト



即位名:ネフェルカラー


即位名の意味は「美しきはラーの魂」。第23王朝のルドアメン王の娘と結婚することで王家との縁を得、長官を務めていたヘラクレオポリスの王として独立する。





ヘルモポリス


@ニムロト


誕生名:ニムロト

第23王朝のルドアメン王の弟。長官を務めていたヘルモポリスの独立を宣言した。





第23王朝系図